走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

研究と競技を両立するための3つの鉄則【その1】自分の研究のロードマップを作る

↓ はじめにお読みください

xmt6umtk.hatenablog.com

 

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この記事で言いたいこと

この記事の前半で言いたいことは、

自分の研究の主導権を握ろう」(受け身でいては研究が進まず、時間を有効活用できない)

研究ロードマップを作成し、見通しを持つと効率良く進められる

ということである。

後半では、研究ロードマップの作り方について説明する。

 

自分の研究の見通しを持つ

 研究を効率よく進めていくための大前提として、まず知っておいてほしいことがある。それは、

教授は忙しすぎて、懇切丁寧に指導してはくれない

ということである。 

教授は忙しい

教授(准教授の場合もある)は研究室のボスであり、会社で言えばCEOだ。

実際にはサービスや製品を作って売るのは社員だが、会社としての大きな指針を決めるのはCEOの仕事である。同様に、実験をしてそれをまとめるのは院生(やスタッフ)だが、研究室としての大枠を決めるのは教授である。

したがって、研究室でどんな研究をするかを決めるのは全面的にボスの意志に従うことになる。研究室へ配属されてすぐ、あるいは一つの研究テーマが一段落したとき、教授から新たな研究テーマが与えられる。

ところが、教授は忙しすぎてそれぞれの研究テーマの具体的な部分を考える余裕がない。

教授は、大学から降り続ける雑務、講義の準備、度重なる教授会をこなしながら、同時に研究室を経営していかなければならない。日本の大学教授は研究ではなく、大学での雑務や講義の対価として給料をもらっているからだ。

したがって、研究テーマの大枠だけ学生に与え、どんな実験をすべきか、実験はどのようにやるのか、何をいつまでにどこまで進めればいいのか、といったところは助教や博士の学生に丸投げ、ということが多い。

 

助教や先輩も忙しい

ところが、あなたを指導してくれる助教や先輩も忙しい。質問に対して答えることや、装置の使い方を教えることはしてくれるが、あなたの研究について主体的に考える余裕はない

何故なら、彼らもまた、上から降ってくる雑務をこなしたり、研究室運営の仕事をこなしながら、自分自身の研究も行わなければならないからだ。

そのため、配属したてで右も左もわからない、という学生であっても、研究テーマを与えられ、一通り説明を受けた後は、そのまま放置されてしまうということも珍しくない。

これは、助教や先輩に悪気があるからではない。みんな忙しいのだ。

 

何もしないでいるとどうなるか

したがって、配属したての学生は、助教や先輩から「この論文を読んでおいて」と言われてしばらく放置される。

学生は、言われたからとりあえず一生懸命読む。しかし、ほとんどの内容は理解できない。当然だ。プールで泳いだことのない子どもを海へ突き落すようなものだ。

これは、ある意味「誰もが通る道」だ。だから、助教も先輩も一から丁寧に説明してくれるわけではない。みんな自力で乗り越えてきたらだ。

学生は、論文の読み方どころか、そもそも何のために論文を読むのかもわからないので、ものすごい時間と労力をかけながら、ほとんど何も理解できないまま全体を読み終える。そのまま、引用されている論文や、文中に出てくる言葉を一生懸命調べたりして時間を使う。

しばらくして、「次に何をすればいいですか」と聞いても、忙しいから「○○を勉強しておいて」とあしらわれるかもしれない。助教が声をかけてくれるまでひたすら待たなければならなくなる可能性がある。

場合によっては、実験について手取り足取り教えてもらえる場合もある。しかし、基本的にはAの実験をやり始めたら、その先がどうなっているかなどは特に教えられることなく、ひたすらAの実験を覚える、ということになる。自分の研究のゴールまでの道筋は見えない。

つまり、自分の研究は自分で進めようとする意思がなければ、「教えてくれる人」のペースに合わせて研究を進めることになる。助教が忙しければ次のステップへ進めない。実験のやり方は他の先輩に聞けばわかるかもしれないのに、そもそも何をするのかがはっきりしないので動こうにも動けない。

こうなってしまうと、どうしても生産性を上げるのは難しくなる。上司のペースに合わせようとすると無駄な時間が発生する。

これは、「仕事の主導権が上司にある」状態だ。

 

わかりにくいのでここで例え話:カレーの作り方を教わる

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まったく料理をしたことがない人が、カレーの作り方を指導してもらうとしよう。それも、秘伝のレシピのカレーだ。

秘伝のレシピを知っている先生はまずこう言う。「野菜を洗って切っておいてください。」

とりあえず、言われたようにする。包丁を持ったこともないから、おぼつかない手つきで時間をかけて、やっとのことで野菜を切り終える。

そして、先生に「次にどうしたらいいですか」と聞く。しかし先生は、「忙しいのでちょっと待って」と言われ、そのまま手持ち無沙汰になってしまう。

もしここで、次にやることが「野菜を煮込む」ことだと知っていれば、野菜を煮込む方法について、先生の弟子に聞けば教えてもらって進められる。先生には「次のステップは弟子の○○さんに教えてもらいます」と一言断っておけば問題なかろう。

しかし、果たして次にやることは「野菜を煮込む」ことなのかはその弟子にもわからない。秘伝のレシピは先生しか知らない。もしかしたら煮込む前に何か下ごしらえをする必要があるのかもしれない。

このように、「カレーができるまでの全体像」がはっきり見えていないと、先生だけに教わらなければならなくなる。先生が忙しくなって指導できないと途端にストップしてしまう。これが、「仕事の主導権が上司にある」状態だ。

一方で、レシピの全貌が見えていれば、適宜先生以外の人に聞きながら、スムーズに進められる可能性がある。それだけでなく、次に何をどうすればいいかわかっているから、「今日はここまでやろう」「来週これをやろう」と細かく計画を立てて効率よく進めることができる。「仕事の主導権が自分にある」状態である。

このような状態になって初めて、自分の使える時間を最大限に活用できる。言い換えれば、生産性を高めることができるのである。

 

※「自分の仕事の主導権を握る」ということについては、マコなり社長の以下の動画を参考にしている(動画では、結果を出していることが前提、という話だが、ゴールを明確にして共有する、という行為は研究を初めてすぐであっても役立つ)。 

www.youtube.com

自分のことは自分で考える

研究の生産性を上げるには、主導権を手に入れなければならない。

あなたの研究はあなた自身が主体的に組み立てる必要があるのだ。

これは、研究者として一人前となる過程では当たり前のことだ。

それなのに、日本的教育のせいか、「自分が何も言わなくても、自分がやるべきことは周りが全部教えてくれる」のが当たり前だと思っている人が結構多い。受け身なのだ。

一方で、意志を持ってアカデミアへ進んだ教授や助教にとっては、「受け身」という概念そのものが理解しがたいものである場合が多い。「自分が研究したくてこの世界に進んだのだから、自分の研究は自分でどうにかする」のが当たり前だ。

そのような人たちにとって、「何も言われないと何もしない」「自分の頭で考えていない」学生を指導するのは骨が折れる

よって、指導はどうしても断続的なものになってしまう。自分自身の研究の見通しは持っていると思うが、「受け身」な学生の見通しまで考えたいとは思わないはずだ。

ゆえに、自分の研究テーマの見通しは自分で考える必要がある

これができれば、「この学生はきちんと自分で考えられる」という信頼が得られる。すると、相談や質問に丁寧に対応してくれるし、研究の進め方や計画に何か問題点があればその都度指摘してくれる。

さらに、やるべきことを計画的に進めていき、適宜実験結果が得られると「意欲的に研究している」と思ってもらえる。さらには、良い結果が出れば当然「結果を出していて素晴らしいからこのまま任せよう」というように思ってもらえる。こうなれば、ほとんど主導権を手に入れたと言ってもいい。

 

とは言っても、右も左もわからないうちは、自力で全部組み立てるのは大変な作業だ。ピアノを初めて見た人に「バッハを演奏しろ」と言っているようなものである。

ゆえに、まずやるべきことは、

助教や先輩に相談しながら、自分の研究のロードマップを作る

ことだ。

その際、何より気をつけるべきことは、「僕は何もわからないので全部教えてください」という態度で臨むのではなく、「研究のロードマップを作りたいので、具体的にどんなことをするべきか相談に乗っていただけませんか」という姿勢で話を聞くことだ。

 

研究ロードマップを作ろう

そもそもロードマップとは何かというと、

研究のゴールまでの道筋を構造化・可視化したもの

である。

平たく言えば地図である。地図を持っている人の方が持っていない人よりも目的地へ速く着ける。道に迷うことが減り、自信を持って進めるからだ。

 

ロードマップの作り方

ロードマップと言っても、そこまで大層なものを作る必要はない。

具体的には、次のようにする。

①研究テーマの「ゴール」を書く

②どのような実験でどのような結果が出ればその「ゴール」にたどり着いたことになるか、「ゴール」の下に書く

③研究テーマの核となる部分をアンダーラインなどで強調する

④仮説を立てる(②で書いた実験で、どんな結果が出るはずか、それによって何が言えるか)

⑤アンダーラインを引いた部分についてそれぞれ調べるべきこと、やるべきことをリストアップし、項目ごとに□や○で囲む

⑥それぞれのやることに順番をつける(番号、矢印)

 

ロードマップの一例を示す。ここでは見栄えがするようにパワポで作っているが、実際には手書きで十分である。人に見せるものでもないので、自分が読めればそれでいい。

 

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ロードマップの一例。

 

なんらかの固体物質の系において、新奇な物理現象を観測する、というテーマを例に挙げている。

物性物理における研究のモチベーションは、たいてい

  • 物質ドリブン(変わった物質、まだ性質が良く知られていない物質)
  • 現象ドリブン(新しい物理現象、学術的にインパクトの大きい現象)

のいずれかである。

ここでは現象ドリブンの例を示している。したがって、まだ発見されて日が浅い新奇現象を、これまでに観測されていなかった系で見よう、ということである。

 

ロードマップの中身

上に示したロードマップのそれぞれの項目について、もう少し具体的に説明する。

 

研究のゴールを設定する

まずは研究のゴールが見えなければ話にならない。研究テーマを与えられたら、何を明らかにするのが自分の研究であるのかを一言で言い表してみる。

前に言ったことと矛盾するが、この部分は、教授から直接指導をもらうべきところだ。教授も、研究資金を得るために、研究の方向性について大量の書類作成業務をこなしている。配属してすぐの学生でも研究の大枠を理解できるくらいの説明はしてくれるはずだ(もしそうでなければ教授が不親切であるか、あなたが話を真剣に聞けていない)。

 

仮説を設定する

研究をする上では、仮説を持っているかどうかで進むスピードが段違いに変わる。

「○○をしたら××となるはずだ」という仮説を立てて実験をすることで、必要な作業量が少なくなる。

詳しいことは「仮説思考-BCG流 問題発見・解決の思考法」(内田和成著、東洋経済新報社あるいは「イシューからはじめよ―知的生産の『シンプルな本質』」(安宅和人著、英治出版 を参考にしてほしい。

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仮説の設定には、研究テーマの本質を理解する必要がある。

ここでは△△現象を指す。

この現象が最初に発見された論文はたいていNatureかScience(生物系ならCell?)に載ることが多い。裏を返せば、その新しい現象がどんなもので、どのような実験をしてどういう結果が出るか、といったエッセンスはすべてその論文に詰まっているわけだ。

したがって、その論文が理解できれば、測定によってどのような結果が期待され、それによって何が言えるか、といった「仮説」にあたる部分はおのずと明らかになる。

そのため、まずやるべきことは、自分の研究テーマにとって最も重要となる論文が何かを助教や先輩に聞くことだ。

※実際には系が異なると微妙に条件や理論の相違が生じる可能性があるため、それによって仮説を多少変更させる必要があるかも検討する(わからなかったら飛ばしてもよい)。

 

測定の目的と手法を理解する

次に大切なことが、「どうやってこれを示すか?」ということである。

何かを示すにはデータが必要である。そのデータを得るためには測定が必要である。

したがって、測定について理解することは、示す現象そのものを理解するのと同じくらい重要だ。

測定については、

  • どんな原理で
  • 何を測っていて
  • 実際にはどんな風に実験するのか

ということを理解する必要がある。

原理の理解にはレビュー論文や参考となる書籍で勉強できる。これも助教や先輩に良いものを紹介してもらうとよい。

ここで強調しておきたいのは、

実験を理解するための近道は実際の実験現場を見ること(できれば実験させてもらうこと)である

ということだ。

人間は、生活のなかで使う知識はすぐに習得できる。脳は必要だと判断した知識は忘れないようにできている。

したがって、ただ論文や本を読むより、実験をさせてもらった方が手っ取り早い。

先輩の実験の再現実験、測定手法が似た実験、同じ装置を使う測定など、自分の研究テーマでなくとも、実験をする意義は大いにある。測定に関する理解が深まり、実際に自分で研究を進めるときのイメージが湧く。

実験をさせてもらえなくとも、テーマが近い人に頼んで実験を見せてもらおう。

 

先行研究を分析する

実験のイメージがついたら、自分の研究について改めて分析を行う。

ここでやるべきことは、同様の研究について複数の先行研究論文を比較することである。

調べるべき論文は、初めに読んだ「重要な論文」を引用している論文だ。NatureやScienceに新奇現象が報告されると、同じ現象を異なる系で測定した、という類似の論文が後追いで次々と出てくる。

これらの論文について、使用している系の共通点は何か、測定は同じようなやり方をしているか、結果に特徴はあるか、といったことについて調べる。

注意してほしいのは、ここで一言一句論文を丁寧に読む必要はないということだ。主要な科学誌の論文であれば、要約と結論、図を見ればある程度のことはわかるように書かれている。できればこのステップではあまり時間を使いたくない。

 

下準備(測定対象の条件出しや作製)

先行研究の分析が終わり、自分の研究テーマについて全貌がはっきり見えてきたら、いよいよ実験に取り掛かる。

その前にやらなければならないのが、実験の下準備だ。

例えば、電気抵抗を測る場合には電極と銅線、それに電源が必要だ。それ以前に測定対象の物質がなければ合成や作製を行わなければならない。

条件出しについては、初めのうちは要領がわからないと思うので、助教や先輩に相談しながら進めていく。

 

研究ロードマップのまとめ

これらのプロセスを経て、いよいよ自分の研究テーマで実験をスタートできる。

なお、以上で説明した内容はあくまで僕の経験に基づいた一例であって、必ずしも一般化できるとは限らない。

研究分野や研究環境によって臨機応変に内容を変えつつ、うまく参考にしてもらえれば と思う。

 

エッセンスだけ抜き出してみると、研究を進める上で重要なのは

  • 研究テーマの本質をつかむ(自分の研究を一言で説明する)
  • 仮説を立てる(やるべきことを絞る)
  • 実験しながら学ぶ(実際に使うことで知識が定着していく)

ということになる。

 

闇雲に実験するのではなく、ロードマップを書いてゴールまでの道筋を明確にしてから取り組む方が、はるかに速く目的地へたどり着く。

研究を始める前のひと手間で、そこから先の進捗速度が段違いに変わる。

 

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