走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

研究と競技を両立するための3つの鉄則【その2】論文は必要に迫られてから読む

↓はじめにお読みください

xmt6umtk.hatenablog.com

 

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この記事で言いたいこと

ここでは、

論文は必要に迫られてから読む

論文は必ずしも全部読まないで、必要に応じて情報を拾っていく

という話をする。

 

生産性を上げるためには、論文を効率良く読むべき

院生の研究における主な業務をリストアップしてみると

  • 実験
  • 勉強・調査(論文や教科書を読む)
  • 資料作成(スライド・報告書作成)
  • メール返信
  • ミーティング(出席、発表)
  • 論文輪読会
  • 論文執筆(学位論文含む)

ということになる。

 研究に投入する時間を抑えるにあたって、これらの業務のうちどれを減らしていくかを考える必要がある。

 

まず、実験については、作業量を減らすことは難しい。ある程度試行錯誤しないと思うような結果は出ないし、結果が出るかは運にも左右される。作業時間を効率化する努力は必要だが、あまり焦って作業すると、かえって遠回りになることもある(僕は焦って実験したせいで装置に不具合を生じさせてしまい、時間をロスしたことがある)。

資料作成やメール返信といったデスクワークについては、単純に処理速度を上げることが考えられる。ブラインドタイピングを習得すれば文章はかなり速く書けるようになるし、メールについては定型文をユーザー辞書登録すれば素早く書けるようになる。

それから、ミーティングや論文輪読会については、研究室として時間が決められているものなので、削ることは難しい。発表するとなれば準備の時間も必要だが、これも処理速度を上げるくらいしか削る手段がない。

論文執筆についても、学位論文は分量が多いので、シンプルに書くスピードをあげることが一番良い方法だ。

 

したがって、生産性を上げるために抑えるべき時間は、勉強・調査にかける時間、もっと言えば論文を読む時間なのである。

 

論文を読む時間を抑えるシンプルな方法

さて、いきなり結論から入ろう。論文を読む時間を抑える方法、それは

論文は必要に迫られてから一気に読む

というものだ。

論文を読むという作業は、大変な集中力を要する。ぼーっと読んでいたらいつの間にかウトウト…なんてことも起きかねない。

一方で、必要に迫られてから論文を読むと、脳の情報吸収スピードは普段の何倍にもなる。私たちの脳は、必要だと感じた情報や知識はどんどん習得できるようになっている(その逆もまたしかり)。

外国の空港で物乞いをする子供たちが自然と何か国語も身に着けるのは、彼らが生きていくためにはあらゆる言語で旅行客に物乞いをする必要があるからだ。一方、英語を話さなくても何不自由なく生きていける日本人は、いくら頑張って英会話学校へ通っても、英語が流暢に話せるようには時間がかかる。

なお、必要に迫られてから一気に学習することについては、「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか」(中島聡著、文響社)の中で「飛行機を崖から飛び降りながら組み立てる」という言葉で表現されている。

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さて、必要に迫られてから、ということだが、そもそも論文を読む必要とは何なのか。これを理解するために、まずは論文を読む目的を考えてみる。

 

論文は何のために読むのか

研究を進める上で、論文を読むのは必須だ。

論文を読む目的は、大きく分けて

  • 情報収集 
  • 論理構成の学習

の二つになる。

 

情報収集

一般に、論文は次のような構成からなっている。

  1. 要旨 Abstract
  2. 導入 Introduction
  3. 実験手法 Method
  4. 結果 Result
  5. 議論 Discussion
  6. 結論 Conclusion

そして、導入から議論までの過程で適宜、本文に合わせて図(Figure)が掲載されている。図の多くは概念図(研究の概要を視覚化したもの)と実験結果(議論に用いるシミュレーションの結果も掲載されることがある)である。

基本的に、次のような動機で論文を読むことが多い。

  • 最新の研究動向を知りたい・研究テーマを考えたい
  • 実験に用いる手法や測定条件について知りたい
  • 研究の背景を知りたい

 

論理構成の学習

論文を構成する上記のような要素について、それぞれをどのような論理展開でつなぐか、もっと言えば一つの研究成果という「物語」をどのように展開していくかは、論文を読むことで初めて学ぶことができる。

作家は、先人たちの本を読んで学び、実際に書く経験を積むことにて少しずつうまく書けるようになる。それと同じで、研究者も先人たちの論文を読むことで、論文の書き方を学んでいくのである。

また、論理構成を学ぶと、今度はそのフレームワークに沿って、「○○を示すには△△というデータも必要になる」「××というデータがあれば、□□という方向へ議論を展開できる」というように、実験で必要なデータを逆算して考えることも可能になる。

 

以上のような目的を踏まえると、論文を読む必要性は

  • 研究テーマを理解する(自分が何を研究するのか)
  • 実験をする(どんな測定をするべきか)
  • 論文を書く(研究の背景は何か、論理構成はどうするか)

といった場面で現れる。その都度、必要な知識や考え方を学ぶために読むようにすればいい。

 

論文は全文読まなくていい

ここまでの話を踏まえた上で、一つ守ってほしいことがある。

それは、

基本的に、論文を全文読むことはしない

ということである。

論文を読んでその内容を理解するというのは、本来相当な時間や労力を要するものだ。論文輪読会で発表したことがある人はそれがわかると思う。

僕の分野の場合、1本の論文は3000~5000語くらい(4~6ページくらい)で、30~50本くらいの論文が引用文献となっていることが多い。

したがって、読んで理解して、引用されている文献をこまめにチェックし、それを自分の言葉で説明できるくらいに理解するためにはかなりの時間がかかる。初めて論文輪読会で発表したときには、その準備だけで2週間を費やしてしまったことを覚えている。

学位論文を書くためにも論文は相当数引用する必要がある。僕の場合、卒論では40本以上、修論では100本以上引用した。これを全部丁寧に読んで実験もして論文も書いているようでは、時間がいくらあっても足りない。

 

どのように読めばいいのか

論文を全文読まないなら、どのように読むべきなのか。

答えはシンプルで、「必要な情報がある場所だけ読む」だけだ。

読む場所を決めるには、その論文を何のために読むのかはっきりさせればよい。

論文を読むそれぞれの動機に対して、次のように読む場所を分解する。

  • 最新の研究動向を知りたい・研究テーマを考えたい → Abstract, Conclusion, Figure
  • 実験に用いる手法や測定条件について知りたい → Method
  • 研究の背景を知りたい → Introduction

ResultとDiscussionは、「データから結論までを示す道のり」である。もし、データが掲載されているFigureを見てすぐに「そういうことか」とわかれば、いちいち読む必要もなくなる。

また、実験をする上で、先行研究ではどんな測定条件かを調べる上ではMethodだけ見ればいい。

論文の導入部を書くためには、自分の研究がどのような背景から行われたものなのか、時間的経緯に沿って説明できるようになる必要がある。その場合には、先行研究のIntroductionパートを見れば、それが良くまとまっていることが多い。

 

精読も必要

かといって、全ての論文を飛ばし読みしていいわけではない。論文を書くためには、論文を数多く読んで書き方を学んでいく必要があるからだ。

「自分は修士論文しか書かないから関係ない」と思う方もいるかもしれない。

実際、学位論文の形態は、一般的な科学誌、論文誌とは大きく異なる。前者は日本語でよいことが多く、研究の背景や手法も詳細に書き尽くす必要があるため、分量が多くなる(数十~数百ページ)。一方で、後者は英語で書くことが多く、要点に絞り、重要でないところは省いて数ページにまとめる必要がある。修士論文の書き方は、先輩のものを見て学んだ方がいい。

しかし、そのような人にとっても、英語論文を精読する必要がある。それはなぜか。

学位論文審査で必要となるから」である。

研究について発表する場合、論文と同じようにストーリーをきちんと作る必要がある。発表時間は限られているから、自分の研究の中から重要なところを抽出してまとめなければならない。さらに、自分と異なる専門の教授にもわかるような説明が求められる。

これを学ぶ上で、精読は重要になってくる。

 

精読する論文を厳選する

ところが、精読には時間がかかる。競技で忙しい人は、手当たり次第に精読することなど到底できない。

したがって、精読する論文を厳選する必要がある。

具体的には、自分の研究に大きく関連している、被引用数の多い論文を中心に読むべきである

被引用数とは、他の論文に引用された回数のことである。これが多いほど、その分野の多くの研究に示唆や手法を与えているということになる。したがって、自分の研究を理解し、説明するうえで必要な知識がきちんとまとまっていることが多い。

また、ストーリーを学ぶ上でそのような論文は有用になりうる。何故なら、被引用数の多い論文は、インパクトファクターの大きな権威ある雑誌に掲載されていることが多いからだ(論文のインパクトファクターは被引用数の平均値で決まる)。こうした雑誌では査読が厳しく、そのためにきちんとした議論がなされていることが多い。

(査読:論文で発表される成果がその雑誌に掲載するにふさわしいものであるかどうかを、学者たちが読んで審査すること)

何を読むべきかわからなかったら、助教や先輩に聞いてみるといい。

 

精読のタイミング

論文は、「必要に迫られたら読む」という話をした。それでは、精読が「必要に迫られるとき」とはいつだろうか。

基本的には、「何らかの発表をするとき」ということになる。

最も身近なのは論文輪読会で発表するときだ。このタイミングで、発表する論文と、その論文に大きな影響を与えている論文を数本、じっくり読んでみる。

あるいは、学会発表をする機会があれば、その構成を考えるときに精読を取り入れてみる。すると、自分の研究がどんな立ち位置にあって、どんなストーリーにすると同じ分野の人へ研究の意義を伝えられるかを理解しやすい。
なお、学位論文審査に精読が必要とは書いたが、審査の直前に精読をするのは時間的に相当厳しい。実験が終わり、学位論文を書きながら並行して精読を行うのがいい。これをやると、緒言を書くのに役立つ。

 

精読で気をつけるべきこと

ダラダラ読んでいては時間の浪費になる。ただ読むだけでは内容は頭に入ってこない。

能動的に読むために、手を動かして読むといい。段落ごとに要点をまとめてみたり、わからないところに疑問点を書いてみたり、ノートに内容をまとめながら書いてもいい(ただし、まとめノートをきれいに作る必要はない。既に一度精読して理解した論文であれば、必要な情報はすぐに本文から見つけ出せるようになるはずだ)。

読み方についてはいろいろ試して、自分に一番合うやり方を見つけてほしい。

参考書籍として、「『読む力』と『地頭力』がいっきに身につく 東大読書」(西岡壱誠著、東洋経済新報社を挙げておく。本を能動的に読む方法が書かれているが、この方法は論文にもある程度有用である。

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まとめ

  • 論文は必要に迫られたら読む
  • 必要な場所を抽出して読んでいく
  • 精読する論文を厳選して読む

これが身につけば、何も理解しないままダラダラと論文を眺めて時間を浪費することもなくなるはずだ。