走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

研究と競技を両立するための3つの鉄則【その3】タスクは可能な限り前倒しして終わらせる

↓ はじめにお読みください

xmt6umtk.hatenablog.com

 

 

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この記事で言いたいこと

ここでは、

タスクを終わらせるのに必要な仕事量の見積もりは甘くなりやすい

タスクには可能な限り早く取りかかり、できるだけ前倒しで終わらせるべきだ

という話をする。

 

スポーツで結果を出すのに最も大切なこと

陸上競技において、あるいは他のスポーツの多くにおいて、結果を出すのに最も大切なことは何だろうか。

「結果を出す」という表現は曖昧だが、ひとまずそこには目を瞑って考えてみてほしい。

 

いろいろな意見があると思うが、僕は「長期にわたって継続した取り組み」が最も重要だと考えている。

幼少期から人並み外れた努力を継続して偉業を成し遂げたアスリートたちの例は枚挙にいとまがない。メジャーリーグで活躍したイチロー選手は、小学校時代の手記で「365日中360日以上は野球の練習をしている」と書いていたそうだ。

世界のトップを目指すというわけでなく、自己ベスト更新という身の丈に合った(?)目標を達成するうえでも、長期的に継続していくことは重要となる。

陸上の長距離では、故障によって数週間、数か月にわたって走ることができなくなると、そのブランクを取り戻すには倍以上の時間がかかることが多い。

逆に、コツコツと練習を長期にわたって続け、故障しないようケアや食生活、睡眠を大事にしていれば、特別なことをしなくても実力は少しずつ伸びていく。

僕自身、院生になってからの2年強の間、1週間以上走れないような故障はなく、練習が長期にわたって途切れることがなかった。ポイント練習が週1回やそれ以下になることはあっても、10km前後のジョグは必ず続けていた。

また、研究で徹夜することも、睡眠不足の日が何週間も続くようなこともなかった。7~8時間の睡眠は確保していた。

その結果、研究で忙しい中でも自己ベストを更新することができた。

学部生時代でも、自己ベストが大きく伸びたときは必ず、それまでに質の良い練習を3~4か月以上継続できていて、ケアや睡眠など生活もきちんとしていた。

しかし、故障で数か月以上走れなくなることも毎年のようにあって、復帰までの道のりはいつも険しく厳しかった。

 

院生が競技からフェードアウトしてしまうまでの流れ

もし院生になってから故障していたら、いま僕は競技をやめてしまっているかもしれない。

何故なら、一度ブランクができてしまうと、それを取り返すのは精神的にかなりしんどいからだ。

学部生のときは、それでも時間があったために、頑張ってリハビリトレーニングもしたし、気持ちが疲れたらゆっくり休むこともできた。

しかし、院生になってしまうと、常に研究へ脳のリソースを割かなければならない。

そのため、いつ故障が再発するともしれない恐怖と闘いながら、徐々に復帰していくだけの活力を保つのは容易ではない。

院生が競技をやめてしまうのは、上記のような「一度ブランクができてしまってからそのままフェードアウトしてしまう」パターンであることが多い。

 

院生は年に何度か、「極めて忙しい時期」を乗り越えなければならない。具体的には、

  • 学会予稿締め切りの直前期
  • 学会発表の直前期
  • 学位論文締め切りの直前期

などがある。

こうした時期は、普段よりもはるかに忙しくなるために、陸上の練習や睡眠はおろそかになりやすい。すると、故障しているわけでもないのに、「数週間走っていない」かつ「寝不足で疲労困憊」な状態が出来上がる。

ブランクができてしまったので、走って体力を戻そうとする。しかし、体力は当然のように落ちているので、取り戻すまでの道のりを果てしなく感じてしまう。「極めて忙しい時期」を乗り越えたからと言って、暇になったというわけでもない。したがって、どうしても走るのが億劫になってしまう。

そうしていると、競技への復帰がどんどん難しくなっていってしまう。そうやって、いつの間にかフェードアウトしてしまうのである。

 

人はやるべきことを先延ばしにしてしまう

したがって、競技に継続的に取り組むためには、この「極めて忙しい時期」によってブランクを作らないことが肝要になる。

とは言っても、「極めて忙しい時期」だけ生産性をいつもの5倍にする、などというようなことは難しい。したがって、「極めて忙しい時期」に忙しさを集中させず、忙しさを分散させて物事を計画的に進めていく必要がある。

しかし、それは容易なことではない。

何故なら、僕らは誰しも、締め切りぎりぎりにならないとスイッチが入らない「ぎりぎり症候群」あるいは「先延ばし症候群」を抱えているからだ。

ティム・アーバンはTEDトーク「先延ばし魔の頭の中はどうなっているか」で、人がどのように物事を先延ばしにするのか、ユーモアたっぷりに説明している。

「先延ばし症候群」は、人類が理性的な存在でありながら、同時に動物としての本能も持ち合わせていることに由来する。

物事を先延ばしにするのは非合理的だが、「いまが一番大事」とする動物的本能に負けてそうしてしまうのだ。

www.ted.com

 

終わらせるのに必要な仕事量の見通しは甘くなりやすい

先延ばしにしてしまうのは、「今が一番大事」な動物的本能のためであると説明した。

そして、締め切りが近づくと、ティム・アーバンのプレゼンに登場した「パニック・モンスター」が現れる。恐れをなしてサル(=動物的本能を象徴)は身を隠し、脳の舵を人(=理性の象徴)が取れるようになる。こうしてようやく物事に取り掛かる。

パニック・モンスターが現れるのは、「やばい!」と感じたときである。そして、僕の考えでは、そのように「やばい!」と感じるのは「物事に取り掛かって少し経ったとき」である。

締め切りが近づくと、心のどこかで「そろそろ取り掛からないと…」という気持ちが膨れ上がっていく。それが臨界点を超えると、「やばいかも」と感じて、とりあえず取り組み始める。

学会予稿なら数行、学位論文なら1,2ページ書いたくらいのところで、これまで漠然としていた「終わらせるのに必要な作業量」が、はっきりとした輪郭を持って見え始める。

何故なら、少しでも終わらせると、「これくらいの量を終わらせるのにこれくらいの時間がかかるから、全部を終わらせるにはこれくらいの時間がかかる」と、具体的に必要な工程を計算できるようになるからだ。

この状態になって事態の深刻さに初めて気がつき、「やばい!!!」と感じてパニック・モンスターがパニックを起こし、サルが一目散に逃げ出す。

つまり、物事を先延ばしにしてしまうのは、

物事に取り掛かる前の段階では、それを全部終わらせるのに必要な作業量を正確に見積もるのが困難で、たいていの場合はそれを甘く見積もってしまうからだ。

 

どうすれば先延ばしにせずにすむか

原因さえわかれば対処は可能だ。

物事に取り掛かる前には見積もりが甘くなってしまうのだから、物事に取り掛かるのを可能な限り早くすればいいのだ。

締め切りがわかったら、その段階で少しでもいいから書いてみる。必ずしも一気に全部終わらせなければならない必要はない。

人の脳は不思議で、僕らが意識していなくとも無意識下で様々な情報を処理している。少しでも取り掛かった物事については、無意識の間に脳がその続きをどのように進めるか考えてくれている。すると、また次に取り組むときには、思いの外スムーズに進むようになる。

しかし、締め切り間際に一気に終わらせようとすると、そのメカニズムはうまく機能しない。脳が情報を処理するのには時間が必要だからだ。

 

タスクを前倒しで終わらせる

このようにして、なるべく早く着手することを習慣にすると、研究の生産性がぐっと上がる。

何故なら、「何となく過ごす時間」が激減するからだ。

少しだけでも取り組んでおくと、いつでも再開できる状況になる。

そうすると、気軽に取り掛かれるから、ちょっとした隙間時間があれば、「2ページだけ書き進めよう」「あの課題を終わらせよう」というような形で有効活用できる。

ゲームで例えるなら、「はじめから」でスタートするときはキャラの設定やら初めのポケモンをどれにするやらで時間がかかるが、「つづきから」で始めるときにはすぐにスタートできるから時間がかからない。ちょっとした時間に「ポケモンのレベル上げしておこう」「トレーナー何人か倒しておこう」とコツコツ進められる。

この積み重ねは想像以上に大きくなる。これを繰り返していくと、だんだん物事を締め切りよりはるか前に終わらせることができるようになる。隙間時間をコツコツと積み立て投資していくことで、時間という資産が少しずつ積み上がっていくようなものだ。

そうなると、「極めて忙しい時期」も同じリズムで生活できる。もちろん、多少締め切りぎりぎりになることがあっても、終わらせるために練習時間や睡眠時間を削って作業時間を捻出しなければならないようなことはなくなってくる。

 

最後に:僕が研究室の先輩から学んだこと

僕は昔から、どちらかと言えば計画的なタイプだった。夏休みの宿題は遅くとも学校が始まる1週間前には終わらせていたし、高校の林間学校の山登りでは下山するまで飲み水を残していた(そのようにしていたのは僕と僕の友達一人だけだった。その友達は講1から大学受験を意識して勉強しているような人で、成績は学年トップ、あっさり東大東大現役合格を果たしていた)。

それでも、研究というのは僕にとって全く未知なものだっただけに、卒業論文では締め切りに追われた。卒論提出の3日前に実験がようやく終わって、そこから一気に書き上げた。提出は月曜だったが、直前の土日に先輩に来てもらって、「書きながら添削してもらう」という非常識で何とか終わらせた(先輩には本当に頭が上がらない)。

あらかじめ12月からコツコツと書き進めていたが、それでもかなりギリギリになってしまった。

この経験を経て、「もっと長期的見通しを持って、時間を有効活用しよう」と思った。

 

研究室で僕の面倒を見てくれた、当時博士課程学生の先輩たちから学んだことがある。「やるべきことは、時間に余裕があるうちになるべく早く終わらせよう」ということだ。この記事で説明してきたことである。

研究室1期生の先輩たちは、もともと締め切り前に追い込むタイプだった。ミーティングのスライドは前日の夜中や当日の朝にアップしていた。博士論文を書き上げるというのは相当に大変な仕事であるから、その先輩たちは本当に大変そうだった。

一方で、2期生の先輩たちは、前々から余裕を持って物事を終わらせていくタイプだった。ミーティングのスライドは3日前くらいには出来上がっていて、細かいところを直してアップしたらあとはいつもより早く帰っているくらいだった。論文輪読会などは、発表日程が決まったらすぐにスライドを作り始めていた。予備審査の直前期も国際学会へ参加し、仕事を持ち込まずに学会に専念していた。博士論文も早めに書き終えて、本審査直前もバタバタしている様子はなかった。

先輩たちはみんな、すさまじい実績を残して卒業していったが、その結果に至るまでの過程は異なっていた。そして、研究と競技を両立したい僕にとっては、2期生の先輩たちのようなやり方を徹底的に真似して自分のものにしようと思った。

学会発表のスライドは遅くとも1か月前には作り始めた。ミーティングのスライドは2週間前、論文も書ける段階になったら少しでも早く書き進めた(インターン中も終業後の時間で少しずつ執筆作業を進めた)。修士論文はM2の6月に書き始めた(締め切りは1月下旬)。それでも、提出締め切り当日の朝に少し作業してから昼に出すくらいだったので、見通しは少し甘かったかもしれない。

M2の6月には、9月や11月の学会発表に使うスライドも作り始めていたので、居室にたまたま来ていた教授に「もう学会のスライド作っているんですか!前代未聞だ!」と褒め(?)られた。裏を返せば、「余裕があるときに遠い先のことを少しでも進める」というやり方は、そこまで浸透していないのかもしれない。

 

生産性を上げるためには、時間を常に有効活用する意識を持とう。

そのために、少しでも早く物事に取り掛かろう。