走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

大学院入試のサバイバル

はじめに

 

東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない」(ときど 著、PHP新書)を読んだ。

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著者の「ときど」さん(本名は谷口 一さん)は、東大工学部マテリアル工学科を卒業、同大学院修士課程を中退し、格闘ゲームのプロとして活躍している異色の「東大卒プロゲーマー」である。

「ときど」さんがプロゲーマーになった当時は、プロゲーマーという職業がほとんど存在していなかった。

この著書では、「どうして、どのような経緯でプロゲーマーになったのか」という視点から、「ときど」さんの半生がつづられている。

 

著書の要旨は、副題にもあるように、「論理は最終的には情熱にかなわない」ということだと思う。

勝つために徹底的に合理的な手法を取り続けてきた「ときど」さんは、やがて「合理の壁」にぶつかる。

そして、純粋に「楽しい」と思えること、「勝つ」という結果に至るプロセスを楽しむ情熱こそが、さらに強くなるために最も大切なことだと気付いた。

この著書では、そういったことを主張されているのだと感じた。

 

院試制度に研究の道を絶たれる

さて、ここからが本題。

博士課程の学生である僕にとって、著書のなかで最も印象に残ったのは「大学院入試での挫折」というところである。

これがなければ、「ときど」さんは研究者になったかもしれないからだ。

 

「ときど」さんは、学部4年で配属された研究室のポスドク研究員に感化され、情熱的に研究に取り組んだ。

それまで、浪人中でさえも続けてきたゲームを一切やめ、朝から晩まで研究に打ち込んだ。

情熱は実を結び、ゼミで発表した内容で国際学会でも賞を受賞し、成果はのちに論文となってまとめられた。そのうち一本はNature姉妹誌に掲載された。

学部時代の研究成果でこれだけの実績を挙げるのは尋常ではない。順当に歩めば、「ときど」さんはアカデミアで活躍していた可能性もあっただろうし、本人もそのような将来を少なからず考えていたはずだ。

 

ところが、現実はいつもうまくいくものではない。

「ときど」さんは大学院入試での競争に敗れ、学部時代に所属していた研究室に残ることはできなかった。

新たに配属された研究室では、研究内容にどうしても関心が持てず、院に入ってからも修士研究そっちのけで学部時代の研究に取り組んでいた。

結局、院を中退し、一時は公務員を目指したが、最終的には「理屈」よりも「情熱」を優先し、プロゲーマーとして個人で生きていく道を選んだ。

 

大学院入試の理不尽なところ

院試は競争である以上、恨みごとを言っても始まらないのかもしれない。

しかし、「ときど」さんが感じた大学院入試制度の理不尽さに、毎年それなりに多くの学生が翻弄されていることも事実である。

 

ここで言う、大学院入試制度における理不尽な点とは、合否判定そのものというよりも、その後に決まる研究室配属のしくみである。

院試では、各専攻ごとに定員が決まっていて、まずはその人数に合わせて合格者を決める。その後、院試の成績と受験者の希望配属先(願書に書く)に合わせて配属先が決まる。

 

「ときど」さんが直面した理不尽さは次の二つである。

  • ペーパーテストの得点で配属が決まること
  • 配属の繰り上げがないこと

 

ペーパーテストの得点で配属が決まる

院試では、1次試験としてペーパーテスト、2次試験として面接を課すことが多い。

しかし、実質的にはペーパーテストでほとんど結果が決まっていて、面接では進学の意志を確認する程度のものだと言われている(本当のことはわからない。専攻によっては口述試験を重視している場合もあるので、院試を受ける人はきちんと情報を集めてから受験した方がいいと思う)。

つまり、ペーパーテストでいい点数を取れた人が、希望通りの研究室へ配属されることになる。

人気の研究室でも配属できる学生数は2, 3人である。研究室によってはここに20人以上の希望が押し寄せることもあり、その中で勝ち上がった数人だけがその研究室で研究できる。

 

この過程では、「研究遂行能力」は一切考慮されない。

僕が考える研究遂行能力には、

  • 研究テーマの本質をつかんで重要なところに注力する能力
  • みずから課題を発見し、主体的に解決に取り組む能力
  • 計画的に研究を進めていく能力
  • 粘り強く研究に取り組む能力
  • 上司や同僚と積極的に議論し、課題解決方法を素早く見つける能力

などが含まれる。これらはいずれも、決められた時間内に試験問題を解かせるだけで測れるとは到底思えない

学部生の段階で研究の能力を測ることは難しいかもしれない。しかし、「ときど」さんのような素晴らしい研究成果を挙げている人であっても、研究能力に対する加点が一切ない現行システムはいかがなものか。

 

配属に空席ができても繰り上がらない

院試のもう一つの理不尽な点が、「配属には繰り上げが存在しない」ということだ。

院試は、複数の研究科、複数の大学院を併願することが可能である。例えば、僕がいま所属している理学系研究科は、僕が修士号を取った工学系研究科とは試験日程が重なっていない 。

「ときど」さんが望んだ研究室に合格した二人のうち、一人は東大の合格を蹴って京大の院へ進学した。こういう人も珍しいわけではない。

その際、その研究室に空いた人枠は空席となる。補欠という制度はないから、「ときど」さんがその空いた枠に繰り上がるということはなかった。

僕自身も修士時代、研究室に同期がいなかった。

もう一人、理学部の学生が合格していたが、その人は理学系へ進学した。

学部時代の研究室同期は第二希望の研究室へ配属された。

「空席があるのにそこへ上がらせてもらえない」という事実に、何とも言えない後味の悪さが残った。

 

制度がそう簡単に変わらない理由

現行の制度に疑問は持っているが、これらの制度を変えることは簡単ではないのかもしれない。

ペーパーテストで評価するというのは、大学入試と同様、きわめて客観的で平等な選抜方法である。

ペーパーテストの能力がある程度「優秀さ」を反映するとする考え方もある(僕は懐疑的だけど。少なくとも研究については)。

理論の研究室などでは、そういった能力がものを言うのかもしれない。

 

また、繰り上げを認めてしまうと、配属を改めてやり直さないといけなくなるという問題がある。

先ほど話に出た、僕の同期が繰り上がることができたとしよう。

すると、彼が配属されるはずだった研究室に空席ができ、そこを志望していたのに行けなかった人がまた繰り上がる。

これを繰り返していくと、結局配属を初めから組み直さないといけなくなる。

手続き上どれくらい大変なことなのかはわからないけれど、これ以外に繰り上げを認めない理由が思いつかない。

 

僕が修士時代に所属していた物理工学専攻では、合格を蹴る人が大量に現れ、制度の変更が行われた。

しかしそれは「繰り上げの認定」ではなく、単なる「合格者数の増加」というものだった。

 

僕が修士の院試を受けた年、58人合格者のうち進学したのは39人だった。なんと、3分の1の人が合格を蹴ったのである。

さらには内部受験者(工学部物理工学科)のうち、2割もの人が不合格となった。

蹴った人のほとんどは理学系研究科物理学専攻(僕がいま所属しているところ)へ進学したと思われる。彼らは理学部物理学科の学生で、そちらを第一志望として受験していたのだ。

その翌年も、同じようなことが起こった。特に理論系の研究室を中心に空席が多発し、教授たちもいよいよ我慢の限界になった。さらに次の年は、合格者数を従来より20人増やしたところ、ちょうど定員と同じくらいの進学者に収まったということである。

しかし、この制度の変更では、「研究室に空席が出る」という問題は解決しない。

 

何かいい方法はないか?

これらの制度に対して、僕なりの代替案を考えてみた。

 

ペーパーテストの結果で配属が決まる制度への代替案

僕はペーパーテストをなくしてほしいと思っているわけではない。

記念受験みたいな人も結構いるので、ペーパーテストで先に合否を分けてしまうことについては賛成だ。

これに加えて、研究室配属を決めるために次のようなやり方を取ることを提案する。

 

申請書を提出させる

出願の段階で、軽めの学振の申請書のようなものを提出してもらう。

具体的には、配属された研究室で取り組む卒業研究について、研究計画や予想されるインパクトについてA4用紙2枚くらいで記述してもらう。

自己PRも1枚くらい書いてもらうといいかもしれない。

これによって、研究にどの程度見通しを持って主体的に取り組んでいるか評価する。

リーディング大学院などもこのような形で選抜を行っているのだから、そこまで無理のあるものでもないだろう。

このやり方の問題点は、申請書を審査するのに時間がかかること、その気になれば本人以外が書くこともできてしまう(例えば、後輩を進学させようと先輩学生が代わりに書いてしまう)、などがあげられる。

 

口述試験で卒論テーマについて発表してもらう

申請書ではなく、直接プレゼンしてもらい、教授たちがこれを評価する。

物理工学専攻ではこのやり方を取っていて、画期的だと思う。

問題点は、審査する教授の仕事が増えることだ。

また、発表のイメージがつきにくい外部受験生にとっては不利に働きやすい(もともと院試なんていうものは内部生が有利なのだけど)。

 

冬に口述試験を行い、卒業論文について発表してもらう

上記の2つのやり方では研究計画に対する評価を重視するものだった。

一方で、よりシビアに研究遂行能力を評価する方法として、卒業論文の審査を口述試験とするやり方が考えられる。

実際、修士から博士へ上がる場合の試験は、修論審査を博士の進学試験としているところがほとんどであると思う。

このやり方の問題点は、外部から受験する人が卒論審査を二回やらないといけなくなることだ(自分の大学で学位を取るための審査と、院試の口述試験としての審査)。配属の決定に時間がかかるので、併願している学生は併願先に迷惑がかかるということもある。

 

配属の繰り上げがないことへの代替案

こちらについては本当になんとかしてほしいと思っている。

併願している人が含まれる場合、多めに配属させる

配属人数が2人であれば、その二人のうち片方でも併願者がいれば3人合格させる。もしその人が蹴れば2人になるし、3人でもなんとか指導できるはずだ(実際、成績上位一割の人は3人配属できるというルールで3人配属されるケースはある。また、配属先の教員が研究室ごと他大学へ異動になると、好きな研究室へ配属先を選べるというルールがあり、これによって3人配属となるケースもある)。

したがって、蹴られそうなら多めに取っておき、蹴られなかったらそれはそれでOKとするというやり方が成立する。

ちなみに、物理工学専攻は去年このやり方を取って、それなりにうまくまとまったと聞いている。今年はどうなったか知らない。

 

併願者の進学の意志を確認してから配属を確定する

上記のやり方で問題ないケースもあるが、

「3人とも蹴ってしまった」

「3人の研究室が増えすぎてしまう」

という問題も起こりうる。

そこで、もっと根本的な方法としては、「仮配属先」というやり方をとるものである。

まず、今まで通り合格者に配属先を割り振り、本人に伝える。ただし、これはあくまで仮のものである。

つぎに、併願者の意志を確認する。

他と併願している人に進学先を書類か何かで提出してもらう(もちろん、併願先にも)。

その書類で、合格を蹴る人が明らかになる。これを元に、配属先を再度組み直す。

そして、最後に確定した配属先を改めて進学希望者に伝える。

このやり方の問題点は、手続きが面倒になることだ。

しかし、これで熱意をもって研究に取り組む学生が一人でも多くなり、日本の学術界にプラスの影響があるのだから、どうか職員の方には頑張って対応していただきたい。

 

おわりに

いろいろ書いてきたけれど、正直、実際に制度が変わることにはあまり期待していない。

これから院試を受けることになる人が、自分の進路について少しでも考えるきっかけになればうれしい。