「ヴェイパーフライじゃないとうまく走れない問題」について考えた
あけましておめでとうございます。。。
今年の箱根駅伝は見ごたえがあった。
復路を最初から最後までちゃんと見たのは何年ぶりだろう。。。
箱根駅伝も「厚底」一色
さて、やはり今年も注目されたのが、選手の履いていたシューズ。
以下の記事によると、どうやら今回は9割以上の選手が、NIKEのいわゆる「厚底」シューズを履いていたらしい。まさにNIKE一強。
これだけNIKEの厚底が普及し始めたのは、去年か一昨年くらいから、
厚底第三世代であるヴェイパーフライNEXT%が安定して供給されるようになった
ことが大きい。
第一世代、第二世代のヴェイパーフライは供給量が少なく、一般ランナーにとって入手は容易ではなかった。
(発売日当日に開店前から並ばなければ変えないような代物だった)
ところが、NEXT%は十分に市場に供給されるようになり、多くのランナーが履くようになった。
学生駅伝界でも、厚底シューズの優位性を認めざるを得なくなったのか、ほとんどのランナーがこれを履いて走るようになった。
かつて4連覇を達成した青山学院大学も、契約メーカーであるアディダスのシューズではなく、NIKEの厚底を履いて箱根を走っている。
さらには、設楽悠太選手のような「トラックでも厚底」が珍しくなくなり、
「むしろスパイクより記録が出る」として、トラック種目に好んで使用する選手も多くなっていた。
厚底との別れ
ところが、あまりに記録が出すぎるということで、このシューズを制限しようとする動きが始まった。
その結果、昨年12月より正式に、
WA規則第143条(TR5:シューズ)のルール改定がトラック種目へ全面適用となり、
厚底シューズがトラック種目で使用できなくなった。
(使用はできるが、公認記録として認められなくなった)
移行期であった11月までの期間では、まだ厚底での記録が公認となるうちに、厚底で走って自己記録を更新した選手も少なからずいた。
以下の記事では、
昨年11月に行われた学連10000記録挑戦会(厚底禁止)では自己記録更新率が低かったのに対して、
同日に行われた別の記録会では厚底使用者が次々に自己記録を更新したということである。
(10000挑戦会はギオンスタジアムが爆風だったとか、日差しが強かったとかの理由も大きいと思うけど。もう一つの記録会のコンディションを見ていないので何とも言えないところ)
そんなわけで、一旦はトラックでも従来のスパイクや薄底シューズに対して優位性を発揮した厚底シューズも、
トラックレースと別れを告げることになった。
厚底が忘れられないランナー
ところが、
厚底シューズであまりにも良いタイムが出るために、
従来のシューズでトラックを走っても良いタイムが出なくなってしまった
というランナーは、少なからずいるのではないかと思っている。
僕の周りでも、とある後輩が上記のような「厚底中毒」に陥っている。
彼は厚底と薄底で自己最高記録が30秒以上近く異なる。
ハーフマラソンではない。
5000mだ。
5000mでこれだけのタイム差が出るのは単に厚底が優れているから、ということだけでは説明できない。
いや、まあ、厚底は優れているんだけど、
なんというか、
彼の走りは明らかに厚底に適応しすぎてしまっているのだ。
けれど、この「厚底に適応している」とは具体的にどういう状況なのかよく説明できないので、本人もどうすればいいのかわからず途方に暮れているように見える(たぶん)。
そこで本記事では、彼の
「ヴェイパーフライじゃないとうまく走れない問題」
の原因について、僕なりに考えたことを書いてみる。
この問題の原因は、人によって異なるかもしれない。
だから、同じ問題を抱えていても違う原因でタイムが出ない人には役に立つかはわからない。
それでも、
少しでも多くの人がこの問題を解決し、トラックでも自己記録をどんどん伸ばしていけるようになれば、それほど嬉しいことはない。
極端な「厚底適応」の原因は?
前置きが長くなってしまったので、単刀直入に結論を言うと、
彼の場合、
「厚底を履いても骨盤の高さが変わっていない」
ことが、極端な「厚底適応」を生み出しているのではないかと考えられる。
以下の図は、接地時、地面についている脚について、骨盤から下を横から見た模式図である。
厚底を履くと、ソールの厚さ分、地面から高い位置に足の裏が来る。
この状態で、もし薄底を履いたときと骨盤の高さが変わらない場合、骨盤から足首までの高さは、厚底を履いた場合の方が低くなる。
したがって、膝の屈曲が深い状態で接地することになり、接地位置も骨盤よりやや前方に来る。
薄底では、骨盤の近くに接地することになる。
これによって、
股関節伸展時の筋出力
に差が出る。
どういうことか、順を追って説明していこう。
膝屈曲の深さと股関節伸展
一般に効率の良い走りとされているのは、
①骨盤の手前(重心の真下)に接地して、
②支持脚にしっかり体重を乗せ、
③支持脚の股関節を素早く伸展させて重心を前へ移動させる
というものだ。
そして、股関節伸展に大きな役割を果たしているのが、
お尻の筋肉のうち最も大きい大臀筋と、
腿の裏の筋肉であるハムストリング(以下ハム)、とりわけ大腿二頭筋
である。
世界トップレベルの中長距離選手は例外なく、これらの筋肉がよく発達している。
そして、この二つの筋肉には大きな違いがある。それは、
大臀筋は股関節だけをまたぐ単関節筋
であるのに対し、
ハムは股関節と膝関節をまたぐ複関節筋
であるというところだ。
この違いは何を生むのか。それは、
ハムは膝屈曲角によっても、筋肉の出力しやすさが変わる
というところだ。
さらに言えば、
ハムは膝が曲がっている方が力が入りやすい
という特徴がある。
(試しに、膝を伸ばしたままジャンプしてほしい。ハムに力は入るだろうか?)
ところが、ランニングにおいては、
ハムに力が入りやすいからといって膝を深く屈曲させて接地させると、
- 腰が落ち、股関節伸展で前に進む距離が短くなる(ストライドが小さくなる)
- 接地が骨盤の前方になり、地面からの抗力がブレーキになる
というジレンマがある。
ヴェイパーフライを履くと、この問題の影響が抑えられる。
つまり、
- 膝屈曲が深くても骨盤がそこまで落ちない
- ハムにしっかり力が入りやすくなり、ブレーキの影響によるマイナスを上回る推進力が得られる
ということになる。
このような走り方をする人は普通、厚底を履かないと腰が落ち、効率が悪くなって疲れやすくなる。
(僕はこのパターン)
一方、トップ選手は、股関節の機能がきわめて高い[1]ため、
- 膝屈曲角に関わらず使える大臀筋の筋力が高い
- 膝屈曲が浅くてもハムが十分に出力できる
という利点がある。
これにより、効率の良い動きと、大きな股関節伸展パワーで速く走ることができる。
厚底を履いたときはその分だけ腰が高くなり、より効率よく走ることができる。
さて、例の後輩の場合に戻ってみよう。
彼は本来、
- 膝屈曲が深く、前方に接地させないとうまくハムに力が入らない
- 大臀筋をうまく使えていない
という状態なので、薄底を履くと腰が落ちるはずだ。
それなのに、薄底を履いても骨盤の位置が変わっていない[2]。
(このことは、動画を見て確認してある)
これはおそらく、厚底を履いているときと履いていないときで、走り方を変えているからではないか、と思う。
(何か意図的に変えているのか、無意識に変わっているかはわからない)
なにしろ、本来膝屈曲が深くないと股関節伸展のパワーが十分に得られないのに、
薄底では膝屈曲が浅く、股関節伸展筋がうまく機能していない。
そのため、一見効率がいいように見えても、上手くスピードに乗ることができず、レースペースで走るとすぐに疲れてしまう。
(股関節伸展が小さくストライドが短くなった場合、スピードはピッチを上げて補うしかないからだ)
じゃあどうしたらいい?
もし僕が彼のような問題を抱えているなら、次のようなことに取り組むと思う。
(1) 厚底と薄底でピッチを比較する
もし僕なら、まず、ここまで書いてきた仮説が確かめるために、
厚底を履いたときとそうでないときで、ピッチが異なるか調べる
と思う。
薄底でタイムが出ないのは、ストライドが短くなりピッチが速くなって、心肺機能が追い付かなくなりペースダウンしてしまうからだと考えられる。
これを確かめる方法は、
厚底・薄底それぞれで走ったレース・スピード練習について、ピッチを比較する
ことだと思う。
ガーミンで計測されたデータなり、動画から算出するなりして、
薄底の方がピッチが速くなっている
のであれば、僕の仮説は正しい可能性がある。
(2) 厚底を履くのをやめる
対症療法的には、
「腰が落ちてもいいから走りやすい走り方で練習する」
というやり方もありかもしれない。
究極、トラックは捨ててロードに特化するのなら、厚底を履いてガンガン練習すればいいと思う。
けれど、もし僕なら、トラックでもタイムを出したいと考えるから、
一旦厚底を履くのをやめて、
厚底で過去に出したタイムを忘れて、
薄底で速く走れるための身体づくりからやり直す
と思う。
厚底といっても、ジョグに用いるシューズ(ペガサスなど)を履くのは何ら問題なくて、
むしろ距離を踏むときは、そうしたシューズを履いて走る。
そのかわり、トラックでの練習はすべて薄底でやる。
(3)支持脚に体重をしっかり乗せて股関節伸展できるようにするためのトレーニングをする
そして、おそらくこれが一番難しいのだけど、
手前に接地して地面の反力をうまくもらいつつ、しっかり股関節伸展できるようになるために、
股関節周りの筋肉や骨がうまく独立して動かせる状態を作り、
その状態で練習を積んで筋力をつけていく。
ここに関しては僕のように腰が落ちるタイプも同じアプローチが必要になる。
何をどのようにやるかについては、僕のなかで理論をはっきり作れていないので、あまり書くことができない。
とりあえず、僕が最近取り組んでいることは3つ。
①「接地前に反対脚をまたぎ越す」意識で脚を回転させる
走っているときは真下についているつもりでも、動画で見ると結構前の方でついていたので、
接地足を少し後ろに置いていき、接地前に遊脚が接地側の脚を追い越すイメージで接地するようにしてみたところ、
きちんと骨盤の手前に降りてくるようになった。
この「接地前に反対脚をまたぎ越す」意識は、駅伝強豪校の豊川工業高校でも指導されているらしく、案外見当違いではないのかな、と思っている。
(「誰も教えてくれなかったマラソンフォームの基本」(みやすのんき著)の39ページ参照。この本は以下の記事などに引用しています)
②股関節の可動性を高めるためのストレッチ
特に、ランニング動作と直結する片足立ちでのストレッチが有効であると考えている。
為末大さんの解説動画が非常にわかりやすいので載せておく。
注意点としては、動画でもある通り、「腰を入れる」こと。
これをするかどうかで股関節への効き方がまったく変わってしまう。
なお、動画では為末さんは前に進みながら動的ストレッチとして行っているが、慣れるまでは片足立ちでキープしたままの静的ストレッチでやった方がいいと思う。
また、片足立ちのエクササイズについては、高岡英夫さんの著書「キレッキレ股関節でパフォーマンスは上がる!」の120ページ以降に載っているものも効果的だと思い、取り組んでいる。
③仙腸関節の矯正
これは、僕自身が過去に仙腸関節の故障をして、そのリハビリをちゃんとやらずに脚がおかしくなったのを直すために取り組んでいるのだけれど、
仙腸関節は骨盤の可動性をつかさどる重要な関節なので、きちんと機能するに越したことはない。
酒井慎太郎氏のテニスボールを用いた矯正法が有名で、僕自身もこれに取り組んでいる。
過去に別のブログで記事を書いているので、以下を参照。
とりあえず現時点で思いつくことはこれくらい。
股関節については僕自身も課題がたくさんあるので、地道にがんばりたい。
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[1] 「機能が高い」というのは曖昧な表現で、正確には「股関節周りの組織分化が進んでいる」というのが正しい。上記の高岡英夫氏の著書を読めば、トップレベルの選手がいかに股関節を使いこなしているかについてわかると思う。
[2] 腰が落ちるのが普通だけどそうならないのは、意識的に腰の位置を保っているからだと考えている。どうも「斜め上へ跳ぶ」意識を持って走っているようで、上手く走れる人はこの意識を持っていても問題にならないと思うけれど、彼の場合はこの意識が地面から逃げる(支持脚に体重を乗せ切らないようにする)ように作用している気がしてならない。