走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

骨盤は前傾していればいいってもんじゃない

先日、とある後輩から「脚の慢性疲労が抜けない」という相談を受けた。

走りを見る限り、動きに硬さは感じないのだけれど、練習をするとすぐにお尻やハムストリングが疲れて力が入らなくなってしまうのだという。

さらには、同じ出力で走っているつもりでも、練習のタイムが過去のものと比べて低い水準にとどまってしまっているらしい。

 

疲労が抜けない原因はいろいろ考えられる。睡眠や栄養が足りていない、オーバートレーニング、日常生活でのストレスなどなど…

けれど、あえて今回は、身体面からその原因を考えてみたい。 

 

後輩の身体の状態を少し調べてみると、

立位(二本足で立っている状態)で腰がかなり反っている、いわゆる「反り腰」の状態になっていることがわかった。

おそらく、後輩の「お尻やハムの疲労が取れない」という問題は、

反り腰によって腸腰筋が硬くなって機能しなくなった

ことも関係しているのではないかと考えた。

 

以下、このことについて具体的に説明してみる。

もし、自分にも当てはまりそうな話があれば、参考にしてもらえるとうれしい。 

 

もくじ

 

反り腰=過度な骨盤前傾

反り腰とは、本来よりも腰が大きく反っている状態のことを指す。

このとき、骨盤は大きく前傾している。

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反り腰の特徴(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」56ページより引用)

立位では、背中をそらす(体幹を進展させる)か、股関節を屈曲させる(脚の付け根を閉じる)ことで前傾するようになっている。

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体幹部伸展による骨盤前傾(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」75ページより引用)

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股関節屈曲による骨盤前傾(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」91ページより引用)


したがって、反り腰になっている人は、

  • 肋骨を前へ突き出している(胸を張り過ぎている)
  • 背中や腰が常に力んでいる

という状態にある。

これにより、腰に負担がかかりやすく、腰痛につながることも多い。

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反り腰になっている人の姿勢(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」86ページより引用)

反り腰の何が問題なのか

反り腰の一番の問題点は、

骨盤が動きにくくなり、その結果、

股関節の可動域が制限されてしまう

ことだ。

どういうことか、順を追って説明する。

 

まず、大前提として、

効率のよいランニング動作には、股関節伸展が重要な役割を果たしており、

大臀筋(お尻の筋肉)やハムストリングといった股関節伸展筋が十分に機能していることが不可欠である

ということを認めてほしい。

(理由は割愛)

 

次に知っておいてほしいこととして、

股関節を伸展させるには、骨盤を前傾させる必要がある

ということである。

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股関節伸展は骨盤前傾を伴う(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」107ページより引用)

これはどうしてかというと、

  • 大臀筋は骨盤と大腿骨(太ももの骨)とを結ぶ筋肉
  • ハムストリングは股関節をまたいで骨盤と脛骨(すねの骨)とを結ぶ筋肉

であり、これらの筋肉が縮むことは、

骨盤と脚の骨との距離を縮める

ことにほかならないからだ(上図参照)。

 

さて、反り腰とは、「立っているだけで骨盤が大きく前傾している状態」であった。

この状態からさらに骨盤を前傾させようとしても、可動域には限りがある。

本来は股関節伸展の可動域を確保するために骨盤の可動域をとっておきたいのに、骨盤の動きを自ら制限してしまっているのだ。

 

腸腰筋が固まってしまう 

反り腰のもう一つの問題点は、

腸腰筋が硬くなって機能しなくなる

ことだ。

 

その結果、

  • 股関節の可動域が狭まる(ストライドが小さくなる)
  • 股関節伸展筋のパワーが下がる
  • 股関節伸展筋が疲れやすくなる

という問題が生じる。

 

腸腰筋は、背骨と大腿骨を結ぶ大腰筋、骨盤と大腿骨を結ぶ腸骨筋の総称である。

いずれも股関節を屈曲させる作用がある。

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腸腰筋の起始と停止(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」89ページより引用)

反り腰になると、常に股関節が屈曲している状態になる。

このとき、腸腰筋は本来の長さより短くなっている(短縮している)。

この状態が当たり前になると、腸腰筋はどんどん硬くなってしまう。

すると、股関節の伸展方向への可動域が狭くなってしまう。

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骨盤前傾で腸腰筋は縮む(土屋真人「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」107ページより引用)

 実際には、

腸腰筋が固いから反り腰になる」

のか、

「反り腰だから腸腰筋が固くなる」

なのかはわからない。鶏と卵。

腸腰筋が股関節伸展筋の力を引き出す

腸腰筋がランニングに重要であることは、なんとなくご存知の方が多いと思う。

改めて言うが、腸腰筋の作用は、股関節の屈曲だ。

つまり、腸腰筋は、股関節を伸展させる大臀筋やハムストリングと拮抗する筋肉である。

 

そして、筋肉のパワーを最大限に引き出すためには、この拮抗関係というのが非常に重要となる。

具体的には、

主働筋が作用するとき、拮抗筋がゆるんでいる

という状態をつくることで、主働筋の力を最大限引き出せる。

教科書的には、主働筋が作用するときは拮抗筋は必ずゆるむ。

しかし、現実はそうなっておらず、主働筋が作用しているときに拮抗筋も収縮するケースが少なからずある。

初動負荷理論創始者である小山裕史先生の言う「共縮」という状態だ。

 

これは、いわばアクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなもので、主働筋の力は拮抗筋に打ち消されてしまう。

さらには、動きの中で筋肉がリラックスすることが少ないため、リラックスできている人と比べて、早く疲労してしまうという問題もある。

(↓詳しく知りたい人向け)

blog.livedoor.jp

 

反り腰を直すための4つの方法

さて、そんな反り腰をどうやって直せばいいのか、という実用面の話。

大きく分けて、以下の4つが有効であると考えている。

 

①日常生活の中で腰に力が入っていないかこまめに点検する

腹式呼吸の練習をする

腸腰筋のストレッチ

④脊柱起立筋のストレッチ

 

①日常生活の中で腰に力が入っていないかこまめに点検する

地味だけれど、結構大事だと思ったので最初に持ってきた。

反り腰の人は、普段の生活から常に腰に力を入れていることが多いと思う(僕の経験談)。

意識的に腰椎周りの力を抜くようにして、普段の動作がどう変わるか観察してみる。

自然と中臀筋でバランスを取ったり、脚が前へ出やすくなればいい兆候だ。

特に、普段リュックサックを背負って出歩く習慣がある人は、リュックの紐を調節してリュックと背中の密着度を上げるようにした方がいい(夏は厳しいかも)。 

 

腹式呼吸の練習をする

床に仰向けになり、へその下あたりをリラックスさせる。

このとき、おなかだけでなく腰もしっかり脱力する。

その状態でへその下をリラックスさせながら腹式呼吸をする。

走りながら、へその下がゆるむようになったら少しずつ骨盤の可動性も上がってくる。

 

腸腰筋のストレッチ

為末大さんによる以下の動画の前半部分で説明されている。

www.youtube.com

重要なのは、膝をしっかりロックすること。

硬い路面の上で膝が痛くて股関節にうまく体重を乗せられない場合、下にヨガマットなどを敷くことを勧める。

 

④脊柱起立筋のストレッチ

反り腰は脊柱起立筋の慢性的な収縮によっても生じる。

腸腰筋同様、縮みっぱなしで固まっている可能性が高い。

以下の動画で紹介されているストレッチをやってみよう。

www.youtube.com

ポイントは、腰の力を脱力させ、意識的に骨盤を後傾させた状態でストレッチすることだ。

上手くストレッチできていると、痛気持ちいい感覚が出る。

 

最後に:「骨盤前傾神話」の正体

世界トップランナーが速く走れるのは骨盤が前傾しているからだ

陸上競技をやっている人なら一度は耳にしたことがある話だと思う。

でも、これって本当なんだろうか

今回の記事で説明してきたことを踏まえると、

骨盤が前傾するのはあくまで動きの中の話であって、

立っているだけでも骨盤が前傾しているというわけではない

というのが僕の見解だ。

ただ、トップランナーは股関節の可動域が広く、股関節伸展時には骨盤も大きく前傾することも事実だ。

つまり、

股関節伸展している方の脚だけ骨盤も前傾し、

股関節屈曲↔伸展を繰り返す中で、骨盤も

まっすぐ↔前傾

という動きを繰り返しているのだと思う。

(骨盤は本来左右で分離しているのでこのようなことが可能になる。トップランナーほど左右がばらばらに動かせる)

 

いわば、骨盤前傾神話の正体は、

動きの中で骨盤を大きく前傾させることができるから速く走れる

(普段は骨盤が前傾しているわけではないけれど、走るときは自在に骨盤を前傾させられる)

というものではないだろうか。。。

走っていないときでもつねに骨盤が前傾している、というわけではないはず。

 

 

参考文献

土屋真人、「姿勢と動きの『なぜ』がわかる本」(秀和システム

みやすのんき、「誰も教えてくれなかったマラソンフォームの基本」(カンゼン)