「本番力」の鍛え方
「本番に強い」という言葉がある。
練習で今一つ奮わなくとも、ここぞというところではしっかり結果を出せるということだ。
本番に強い人がいればその逆の人も存在する。人一倍ハードな練習を高い水準でこなしていても、期待されていたほどの結果を出すことができない人だ。
学部生時代、まさにこの問題に悩まされていた同期の選手がいた。チームで一番速いグループでポイント練習をこなし、自主練の日も甘えずに距離を踏んでいて力があるのは確かだったのに、対校戦や予選会では思い通りの結果を残せず苦しんでいた。
どちらかと言えば本番に強い側だった自分は、同期として、また一時期はチーフとして、どのようにしてこの問題が解消できるか一生懸命考えた。
しかし、答えが見つからないまま、不本意な結果のまま彼は引退を迎えることになった。
引退に際して彼が残した文章に「(苦しい)努力は熱中に勝てない」という文言があった。彼にとって、陸上競技は結果のために苦しい努力を一生懸命積み重ねなければならないものだが、そういうマインドでは、陸上競技に心から熱中している人に勝てない、ということだ。
この言葉には一縷の真実がある。
「努力しなければ結果は出ない」という考えでいると、試合になると「結果を出したい」という気持ちよりも「結果を出さなければならない」というプレッシャーが重くのしかかってしまう。
一方、熱中している人にとって、試合は最高にワクワクする場であり、不安もプレッシャーも力に変えて自分の力を最大限に引き出せる。その結果、うまくいけばまた頑張ろうと思えるし、うまくいかなければ改善すべき問題をいろいろ分析してみようと考える。
両者とも、結果を出すために努力を惜しまないことは共通している。では、上記のような違いは何によって生まれているのか。
それは、「成功体験に裏打ちされた根拠のない自信を持っているか」ということだ。
それまでの人生で多くの成功体験があると、根拠はなくても「次もうまくいくだろう」と考えることができる。うまくいかないことがあっても、「こういうときもあるさ、でも改善すれば次はうまくいくだろう」と思える。
その結果、適宜やり方はアップグレードされながらも力は着実に伸びていくし、本番では根拠のない自信によって余計な心配に惑わされずに力を100%発揮できる。それによって、次にまた頑張るための活力が得られる。
このようなポジティブループに入ることができれば、本番にもどんどん強くなれる。
しかし、人生の中でどの程度成功体験があったかどうか、ということは、育った環境や周囲にいる人に影響されやすい。例えば、子どもが何かに挑戦しようとしたとき、親が「どうせ無理だよ」と言ってそれを却下する環境では、いつまで経っても成功体験は積み上がらない。
大事なのは「成功率」より「成功した数」であって、トライそのものが少なくては根拠のない自信も育ちようがない。
そのように成功体験を積み重ねずに大人になった人がポジティブループに入るためには、一度でもいいから成功体験をする必要があるが、それが簡単にできれば苦労はしない、と言いたい人もいるかもしれない。
そのような人が本番力を鍛えるにはどうすればいいか考えてみる。
本番への強さには「没頭力」が大きく関与している。目の前の物事に入り込む能力のことだ。
このような状態は心理学では「フロー」と呼ばれ、スポーツの現場ではしばしば「ゾーン」と呼ばれる。
フローとまではいかなくとも、本番に自分の力を最大限に発揮するには高い集中力を要する。
しかし、今日では、このような高い集中状態に入ることはますます多くの人にとって困難になっている。
それは何故か。
スマートフォン、SNSの発達によって、集中がそらされやすい環境が出来上がっているからだ。
勉強するときに他のことが気になって集中できないというのはよくある話だ。一昔前であれば、テスト前なのについつい漫画やゲームに手が伸びてしまう、というものだ。
現代ではスマートフォン・SNSがそうしたものの「進化形」として存在している。漫画やゲームと比較して進化しているのは
- 常に新しい情報が入ること
- 通知を送ること
である。
通知が来ると人間の脳は快感を覚える。何故なら、「新しく来た情報は何だろう」という期待が生じるからだ。
加えて、過度なコミュニケーションも麻薬的である。SNSでの「いいね」中毒はかなり浸透している。常にコミュニケーション環境にさらされていると、一人で何かに集中するということはますます難しくなってしまう。
刺激が非常に多い現代社会で生き、これに適応してしまうと、刺激が少なくなったとき脳が退屈になって注意を他の物事へ向けてしまう。運転中についついスマホへ手が伸びたり、走っている最中に無関係な雑念に気を取られてしまって体の動きや感覚に注意がいかなくなったりするのはその典型である。
このように、注意散漫な状態が常習化すると、高い集中状態を実現するのは事実上不可能になってしまう。
では、このような状態を脱するにはどうすればよいだろうか。
集中力(注意力)のトレーニングとして、最近僕は瞑想に着目している。
瞑想といっても、座禅を組むわけではなく、ただ目を閉じて自分の呼吸に注意を向ける、という簡単なものだ。
瞑想の効果は近年になって科学的に証明されつつある。一般に言われるものは
- 集中力(注意力)の向上
- 精神の安定
- メタ認知力(自分を客観視する力)の向上
などが言われている。いいことづくめだ。
メンタリストDaiGoはしばしばこの話題について解説している。以下の動画では、アスリートを対象にした研究について説明されている。
グーグルにおける研修プログラムを紹介している「サーチインサイドユアセルフ」(チャディー・メン・タン)においても、瞑想の効果が説明されている。
やり方についてはいろいろ考えられるが、とにかく重要なのは毎日継続することだ。短くてもいいから、長期的に続けられるやり方でやるのがいい。
半分自戒も込めてこのような記事を書いている。というのは、高校時代、試合での集中状態を高めるために以下の本を読み、実際に「ドアノブ集中法」(名前は合っていないかもしれない)に取り組んだことがあるからだ。
実際には次のように取り組んだ。
1. 部屋のドアの前へ椅子を置いて座り、近くに時計を置く。
2. 意識をドアノブへ全集中させ、他のことは考えない。
3. 5分経ったと思ったところで時計を見る。
4. 実際にかかった時間と、頭の中に現れた雑念をノートに記録する。
全部で10分かからないくらいである。これを毎朝起きた直後に取り組んだ。3か月くらい続けたが、引退試合の駅伝が終わったころにやめてしまった。
駅伝では自分の力をフルに引き出して走ることができた。それだけでなく、日常生活においても集中力が上がり、夏は受験勉強の質も高く模試にも結果が現れていた(そのあとはやめてしまったこともあってか勉強もはかどらなくなってしまった)。
今になって、どうして続けなかったのだろう、と後悔している。
このように多くの人が瞑想の効果に言及しているのを知って、今週から瞑想を始めてみた。
続けるには習慣化するのが有効だ。朝食後、歯を磨くまでの15分間を「ゼロ秒思考」のメモ書き(10分)*と、5分間の瞑想に充てることとした。
ここまで1週間続けてきた。まだ大きな効果は実感できていないものの、これを数か月、数年、と続けていければメガ進化できるだろう。
朝ジョグはかれこれ2年以上続けられているので、習慣化さえできれば続けられる自信がある。
興味がある方は是非。
*「ゼロ秒思考」(赤羽雄二)