走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

刺激走の意味

MGCは見ごたえのあるレースだった。日本選手権においてマラソンが行われない以上、日本人だけでの、しかも数十人しか出場しないマラソンというのはかなり異質であるし、オリンピックが東京で行われることを差し引いても、レースの注目度はかなり高かったように思う。明治神宮や皇居周辺といった都心部で開催されることも相まって、沿道も数多くの応援や見物者でごった返していた(僕も何か所かで直接見たが、混んでいて見やすい位置を取ることができなかった)。

フルマラソンは体へのダメージが大きく、プロランナーや実業団選手でも年に一度か二度くらいしか走らないのがふつうだと思う。年間単位あるいは数年単位で出るレースを決めて、そこから逆算して練習を組んでいくのではなかろうか。レースの何か月も前にエントリーしなければならないため、トラックレースのように柔軟に日程を調節するのが難しい。

まして、今回のような一発選考レースとなれば、これを中心にスケジュールを組まざるをえないだろう。

ピーキングは容易くない。人の体は外的環境や精神的要因により、年間を通して状態の良し悪しが少なからず変動する。トラックレースであれば、得意な季節や調子のいい時期にタイムを狙う、ということができるが、定められたレースに意図的にピークを持ってくるというのはかなり難しいことであるように思う。

メディアに注目され、大きなプレッシャーのかかる選手であればなおさらだ。

 

上記の文章とだいぶ趣旨が変わってしまうが、今回は短期的なスパンでの調整についての話。

先日、先輩と刺激走の話をしていた。刺激走というのは、陸上選手がよくやる、レースの前日や数日前に、レースより短い距離(1000~3000mくらいであることが多い)をレースと同じかそれより少し速いペースで走るというものだ。

僕は高校時代に陸上を始めて、その時は何も知らない初心者だったので、周りに合わせてレース前に何も考えず刺激走をやっていた。コーチは「調整で練習量を落として、直前に刺激を入れて体を動くようにするため」という説明をしていたが、別にエビデンスのある話ではないと思う。

大学に入ってからも刺激走はやっていたが、しばらくして本当に刺激走に意味があるのか疑問を持つようになった。あるとき刺激走をせずにレースに出たところそれなりにうまく走れて、それ以来刺激走をやめてしまった。特に、キャンパスが移ってからはレースの直前である木曜や金曜に、授業や研究室のあとわざわざ電車でトラックのあるキャンパスまで移動して、それから走る、というのは単に1000一本走る以上に疲れてしまうので、まったくやらなくなった。

それでも、特に調整で失敗したということはあまりない。レースで失敗するときはたいてい練習でも全然走れていなかったり、単純に体調を崩してしまったりしたときだけで、直前に練習しすぎて脚が動きませんでした、ということはなかった。

 

刺激走の意味については学術的にも研究は進められているのかもしれない(特に調べたことはないけど)。とはいえ、元は誰かがなんとなく始めたことが、経験知として伝承され、いまでも多くの人が取り組んでいる、ということだろう。この際学術的なエビデンスは一切無視して刺激走の意味や起こりうる効果、不利益を思いつくだけ列挙してみる。

・神経系への刺激:スピード練習が少なくなりなまってしまった神経系を速い動きにより動員させ、レース本番にも神経系が動員できる状態にする

(1000mの速度帯で神経系はどの程度動員されるのだろう?短い距離で流しをする方が効果的?)

・心肺機能への刺激:練習量を落としているなかで、心肺機能の衰えを防ぐために心肺へ短時間負荷をかける

(人間の体は軽くでも負荷がかかれば、脳が必要と判断して能力を維持するので効果がある?ジョグさえ続けていれば数日程度で心肺機能はほとんど落ちない可能性もある?)

・脚を「軽く」する:経験的に、刺激走の翌日や翌々日に脚が軽くなるような感覚を覚える人がいる

(これは神経系への作用によるもの?疲労は遅れてやってくるので、前日の刺激走の疲労は当日にはこない?脚が軽くなってかえってオーバーペースになってしまうかも?)

・いわゆるルーティーンワーク:レース直前に同じ練習をすることで、レース本番に力を発揮できる精神状態をつくる

(別に刺激走でなくてもいい?)

 

こんなところか。

正直、刺激走に効果があるかはわからないし、仮に学術的に効果があるというエビデンスが発表されたとしても、個人レベルで普遍的かはわからない(人によって効果がある人とない人とむしろ逆効果になる人がいるかもしれない)。なので、これは僕個人の提案だけれど、最後の「いわゆるルーティーンワーク」としてとらえるのがいいように思う。

陸上競技はとても繊細なので、精神状態もパフォーマンスに大きく作用すると思う。長距離は実際に体が動かなくなることと同じくらい、体を動かすのがしんどい感覚に耐えられることが重要で、そのためには精神面も含めてレース直前にあれこれ思い悩まないといけない状態はなるべく避けたい。

レース前はどうしても不安だ。でも、入試の前日になって夜遅くまで勉強するのが愚行であるように、不安を払拭するためにがむしゃらに走ってもむしろ疲れるだけで逆効果だ。

不安を感じないための手段の一つとして、無心で「いつもと同じことをやる」ことがあげられる。パブロフの犬でいう条件反射は人にも当てはまると思う。もし、刺激走をすることでいいイメージが持てたり、レースに前向きな気持ちになれるなら、刺激走には大きな意味があるし、逆に刺激走をやると疲れてしまうと感じる場合はやらない方がいい。義務感でやろうとするのもどうかと思う。

もし本格的にタイムを狙うレースまで時間があるのなら、調整のやり方についてはいろいろ試してみるのがお勧めだ。もししっくりくるものがあったなら、それを毎回やってみるのもいいし、あるいは、「いまは疲れているから軽くしておこう」「ちょっとスピード出しておきたいから刺激を入れておこう」と体の感覚に正直に従うというのもありだ。

 

重要なのは、直前にいろいろやってところで、状況はそこまで変わらないということだ。走力は、それまで 何か月、何年と積み上げてきた練習に裏打ちされるものであって、短期的な調整によってパフォーマンスが極端に上がることはない。むしろ精神面を整えて、それまでの成果を当日に発揮するための準備をすることこそ、直前期に求められることだと思う。