走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

ジョグの目的

先日、後輩と練習のやり方について議論になったときに、ジョグはどんなペースでどれくらいやればいいかという話になった。

当然ながら答えのない問いであるし、仮に最適なやり方があったとしても、それは個人個人にとって最適なものであって一般化するのは難しいだろう。ただ、速くなりたい僕らにとって、少しでも高く効果が現れるような形で練習したいと考えるのは自然なことだ。

答えを探すためのツールとみなせば科学はそれなりに役に立つ。経験則を信じる指導者は多いが、科学という観点も中長距離の指導者にとって無視できないものになりつつあるはずだ。

そもそも、中長距離種目への科学が短距離(やフィールド種目)への科学よりも顕著に発展してきた理由の一つは、測定が容易な数値(生理学的指標)が、パフォーマンスと関連の高いものとみなされているからだ。

もっとも簡便に測定できるのは心拍数だ。ストップウォッチさえあれば、特別な装置を使うこともなく測定できる。リアルタイムに心拍数を測りたければ専用の装置が必要だが、市販されているので容易に入手できる。

血中乳酸濃度や酸素摂取量といった指標は気軽に測定できるわけではないが、実験室で専用の装置を使えば測定は難しくない。

こうした数値化可能な指標を利用して体の内部で生じていることを推し量るというやり方は、西洋医学ではポピュラーなものだ。絶対的な明確さを持つ数字という概念は、陰陽やチャクラといった東洋的概念のもつ曖昧さとは対極にある。何らかの数値が基準値を外れていれば、何かしら身体に問題が生じている、というのが健康診断の根底にある考え方だ。

このような背景から、数値化可能な指標とパフォーマンス(≒記録や順位)との関連性を明らかにし、そういった数値を改善することでパフォーマンスを高めようとするのがスポーツ科学、特に長距離における運動生理学のアプローチと言える。

 

スポーツ指導の現場に科学的見地が取り入れられてきたのは最近になってからである。

日本では経験則に基づく指導を行う文化が根強いが、このところ日本の長距離界では科学的側面が少しずつポピュラーになり始めている。

たとえば、青山学院大学の選手たちがレース直後にゼリー飲料を飲んでいる光景が放映されるようになったが、他にも「青トレ」本の発売などによってRICE処置の重要性や、ストレッチ・体幹レーニングなどの普及が進められている。

彼らの広めていることは特段目新しいものでもなんでもない。糖質が枯渇する運動の直後にはたんぱく質以上に糖質補給が重要であることはずっと前から知られていることだ。RICE処置なんてトレーナーを志す人にとっては常識中の常識である。

ただ、彼らのやり方が上手いのは、本当は少し勉強すれば誰でも知り得るこういった知識が実はよく知られていないということを商売に生かしているからだ(脱線するが、個人的にはRICE処置には賛同しない立場を取っている。気になる人は「アイシング 逆効果」でググってください)。

LT(乳酸性作業閾値)やVO2Max(最大酸素摂取量)といった概念も、もはや長距離ランナーの間では常識となりつつある。そして、長距離走のパフォーマンスの70%は上の2つとランニングエコノミーで語れるという(過去にそんな記事も書いた笑)。

この2つの数値を高めるための考え方はシンプルだ。LTならLTペース付近で、VO2Maxなら酸素負債が大きくなるペースの練習をすればいい。もちろん、それ以外のペースでもこれらの指標が高まることはあるが、最も効果的に高めるにはそれぞれのペースでの練習をすることがいいと思われる。

LTペースは「楽なペース」と言われることがあるが、「ハーフマラソンのレースペース」「フルマラソンのレースペース」程度であるという。しかし、これは決して楽なペースではない。楽なら毎日このペースで練習してもへっちゃらだが、そんな人はほとんどいないと思う。酸素負債のかかる練習となればなおさらだ。

したがって、負荷をかけてから回復のための時間をとる必要がある。ウエイトトレーニーなら休みの日は何もしないのが普通だが、長距離ランナーはジョグをして回復を待つ。

ところが、走行距離からみると、長距離ランナーのジョグというのは練習の9割前後を占める。練習のほとんどがジョグなのだ。それなのに、「LTとVO2Maxが大切です」と言われてもピンとこない。ジョグに何の意味があってやっているのかはっきりしていないと、これでいいのかと思うこともあるだろう。

ひとまず、自分にとってジョグがどんな役割を果たしているかを知るための最も簡単な方法は、ジョグをやめてみることだと思う(ウォーミングアップやクールダウンのジョグはやめない。つまり、間の日のジョグをやめてみるということ)。

週3高強度ランニング、週1スイム、週1バイク、週2休みというトレーニング理論もある(いわゆるFIRST理論。走行距離を減らすことで着地の衝撃に起因する故障を防ぐことが目的だったと思う)。身体にどんな変化が起こるか試してみるのも面白いのではないか(実験としたら重要な試合のない準備期にした方がよかろう)。

 

ここからは、あくまでも僕個人がどんな位置付けを持ってジョグをしているかについて書いてみる。

ただし、これは正解でも何でもない。一つの考え方に過ぎない。経験だけで導いたものではないが、外から偏った情報を得ている可能性も高い。これから考えが変わるかもしれない。

だから、「君はそう考えるのね」程度で受け取ってほしい。

そうでなければ教科書に書いてあることは全て正しいと信じるのと同じような誤解をしてしまうかもしれない。

大まかに、2つの意図がある。意図であって意味ではない。

1つ目は体力をつけること。生理学的観点もそうだが、毎日(実際には週6日)血液の循環を促す機会を設けることで活力をつけるということ。そのためには必ずしも速く走る必要はないと思う。ジョグはキロ5でやっているが、楽なペースなら多少速かろうが遅かろうが関係なくて、そのとき楽なペースで走る。コンディションの確認にもつながる。

スピードを上げるほど、身体は心臓、肺、太い血管を使おうとするが、ゆっくりとした運動では毛細血管でもガス交換を行うのに十分な時間が生まれるし、疲労回復も促されると思っている。なるべく速くジョグをした方がいいと考えてそうした時期もあったが全く続かなかった。

また、たくさん走ればその分速くなれるというわけではないと思う。単純に、練習量が増えると故障のリスクが上がるということもあるが、故障をほとんどしないような人でも、「これ以上多く走っても練習効果は変わらない」という練習量の壁は存在すると思う。

故障のリスクと練習効果を考慮し、普段練習に充てることのできる時間の長さと相談しながら適切な練習量を日々模索することが必要だ。

ジョグをする2つ目の目的は、efficiencyを高めることだと考えている。

ランニングエコノミーは経済性で、efficiencyは効率だから、同じようなものかもしれない。ただ何となく、ランニングエコノミーと言うとその概念が幅広くて実体を捉えにくいために使い分けてみる。

ランニングエコノミーは消費エネルギー対移動距離の比率(車の燃費と同じ)ものだが、これには運動生理学的側面とバイオメカニクス的側面の両方の寄与があるし、それ以外の寄与もある。

例えば、ミトコンドリアの機能が高まって、消費カロリーのより多くを移動のための仕事に変換できるようになっても、神経系の改善により発揮できる筋力が大きくなっても、SSCサイクルを活用できるようになっても、単純に体重が落ちるだけでもランニングエコノミーは高くなったことになる。

これに対してefficiencyは、ここでは「合理的な身体運動を行うことによるエネルギーロス(=ブレーキ成分)の少なさ」という、もっと狭い意味での効率の良さを指すことにする。

efficiency を高めるということは、身体の癒着によって生じる抵抗を減らすということである。

電気回路の比喩で考えてみよう。同じ電流を流すためには、電気抵抗が大きいほどより大きな電圧を加える必要があるし、電流が同じなら生じるジュール熱(=失われるエネルギー)は抵抗に比例する。短距離選手はいわばこの電圧を可能な限り高めていくことを考えるが、長距離では運動時間が長いためにエネルギー消費を抑えなければ走りきれない(グリコーゲンのカロリーだけでは賄いきれない)。従って、どうしても抵抗を小さくする努力が必要になる。

身体の癒着はほっといても取れるわけではないが、身体を動かすことで取れるわけでもない。然るべき手法をもって然るべき部位の癒着を取っていく作業が必要である。

ところが、人間の身体というのは不思議なもので、能動的に癒着を取った後に動作学習を行う時間を設けなければ、あっという間に元のように癒着が生じてしまう。

言うなれば、能動的な作業で癒着が取れた状態は一時的なもので、その状態で身体を動かすことで、少しずつ身体がその状態に慣れ、段階的に癒着が取れていく。3歩進んで2歩下がるイメージだ。

動作学習のためにはなるべく毎日ゆるめる作業をして、かつ毎日走るのが効果的と考えられる(身体は寝ている間に最も固まるからだ)。そして、ブレーキの生じる力みが起こらないようなリラックスした動きでゆっくり走ることで、ブレーキをかけないような動作を身体が覚えていく。

動作学習というプロセスを経ると元のように癒着しなくなるのは、身体が「癒着していない方が楽に動ける」ことを学ぶからであり、動作を抜きにすると元通りになってしまうのは「癒着が取れている状態が特に必要ではない」と身体が認識し、恒常性(ホメオスタシス)によって元に戻るからだ。

このような意図でジョグをしているので、疲れていると感じたらさっさと切り上げるし、楽だと感じるペースでしか走っていない。距離も過不足なく走ればよくて、適正距離は自分の走りの巧緻性に左右されていると考えている。

結局のところ走力はポイント練習で引き上げるのであって、間の日のジョグはそのための土台をつくるためのものだ。軽視してはならないが、過度に重要視するのもどうかと思う。