走る前に頭の中を空にしておきたい

陸上(長距離)・博士課程での研究について。

青トレについて思うこと

今年の箱根駅伝の視聴率は過去最高だったそうだ。近年、箱根駅伝そのものが人気になっていることに加え、昨今のマラソン日本記録更新や東京オリンピックが近づいていることなども相まって陸上長距離界への注目度が高まっているのだろう。

ついに青山学院大学が王者の座を明け渡すことになったわけだが、優勝した東海大学のタイムも相当なもので、間違いなく学生駅伝界全体のレベルが上がっている。

東海大学は科学的トレーニング手法を積極的に取り入れていることで知られている。メディアで報じられているのはほんの一部なのかもしれないが、ウエイトトレーニングやバイクトレーニングを行ったり、就寝時に低酸素テントなどを利用したりしているという。大迫傑選手もナイキオレゴンプロジェクトのサポートを受けながらこうした科学的手法を積極的に導入している。

ウエイトトレーニングやバイクトレーニングくらいなら、非強化校であっても設備自体は整っているかもしれない。しかし、こうしたトレーニングはなかなか気軽に導入できるものではない。

何をどうやればいいのかわからない場合が多いし、ウエイトトレーニングであれば正しいフォームでやっていなければむしろ故障の原因になってしまう。最先端の科学的見地を知るプロのトレーナーの指導に基づき、こまめにチェックを受けながら取り組まなければ、効果も大して上がらないように思う。

それに対して、青山学院大学の取り組んでいる通称「青トレ」は、道具をあまり使わないコアトレーニングが中心となっている。最近になって後輩たちが取り入れたようだが、この機会に僕なりに考えていることを少し書き綴ってみる。

 

昨年末のことだが、ある青学陸上部OBの方とお酒の席で知り合う機会があった。

その方は青学初優勝の時の4年生で、裏方ではあるがチームを全面的に支える役割を担っていた。大学で長距離を専門に競技に取り組む誰もがそうであるように、僕も青学駅伝チームの取り組みには強い興味があり、様々な貴重なお話を伺うことができた。

中でも興味深かったのが、「青トレ」の話だ。

3年くらい前に「青トレ」本(「青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ」原晋、中野ジェームズ修一著、徳間書店)が発売されることでそのメソッドが白日のもとにさらされたが、そのOBの方に言わせれば「青トレがなければ優勝できるチームにはなれなかった」ということで、原監督としても駅伝チームの選手としてもこのトレーニングを信頼して取り組んでいるのだと思う。

ただ、それを世間一般に公開してしまうことで、ライバルが強くなってしまう可能性もある。

そのリスクを抱えてでもこのやり方を広めたいと考えたのか、それとも広めたところでライバルが強くなることはないと考えたのか。いずれにせよ、誰もが常勝軍団のメソッドにアクセスできるようになったということはセンセーショナルな話題だし、(誰が言い出したかは知らないが)本を売り出した人のビジネス戦略は成功を収めたと言える。

(こう言うと皮肉と受け取られるかもしれないが)僕もまんまとその策略にハマって本を購入し、試しにやってみたが、3日どころか初日にやめてしまった。別に、精神力の弱さを披露したいからこんなことを言っているのではなく、自力でこのトレーニングをやるのは難しいと感じてやめただけだ。

このトレーニングを考案した中野ジェームズ修一氏も、何もないところから生み出したわけではないだろう。

コアトレーニングというのはリハビリの現場では少なからず見られるものだし、サッカーの長友佑都選手によって「体幹レーニング」が一躍有名になった。あくまで既存のものをベースにして、中野氏なりに正しいと思うやり方にこれを改良していったのが通称青トレと呼ばれるコアトレーニングだと僕は考えている(この辺は根拠のない憶測)。

青トレのコンセプトは先述した「青トレ」本で中野氏が説明している。解釈に誤りがあったら申し訳ないが、要約してみると

・従来のコアトレーニングで体幹を固めるだけでは、ブレなくなる代償に動きのダイナミックさも失われてしまう

体幹部はブレないまま、四肢は自由自在に大きく動く必要がある

・そのためには、インナーマッスルとアウターマッスルをきちんと切り分けてトレーニングすることが必要(インナーが使えないうちはインナーだけを使えるようにすることに注力し、インナーの機能が向上したらアウターをうまく連動させながら全身を動かしていくためのトレーニングを行う

という感じではなかろうか。

このあたりの話はとても理にかなっていると思う。

 

そもそも、体幹レーニングというものはアウターマッスルばかり鍛えるウエイトトレーニングのアンチテーゼとして生まれたものではないかと予想している。

インナーマッスルを疎かにし、十分に機能していないのを放置したままアウターマッスルを鍛えようとすると大抵故障につながる。故障を防ぎ、真に強い肉体を作るために、まずは体幹レーニングで身体の中核を鍛えよう、ということだ。

ところが、従来の体幹レーニングではアウターマッスルも同時に作用してしまう。

インナーマッスルだけを選択的に強化し、正しく使えるようになって初めてアウターマッスルも強化していくことができるというのが、青トレに期待されている効果なのだと思う。このようなことになれば間違いなくパフォーマンスは上がるし、故障もしにくくなるだろう。理にかなった身体の使い方ができるようになるということだから。

そんな魅力的なトレーニングだが、自力で取り組むのは難しいと感じた理由もまさにここにある。

青トレは、インナーマッスルを選択的に強化するために、インナーマッスル(具体的には横隔膜、多裂筋、腹横筋、骨盤底筋)に選択的に負荷をかけるトレーニングである。

ところが、インナーマッスルを選択的に使えなければ、インナーマッスルに選択的に負荷をかけることは難しいのだ。

インナーマッスルがうまく機能していない人は、必然的にその機能をアウターマッスルによって代償する。インナーマッスルを強化するためのトレーニングは、アウターマッスルで負荷を肩代わりすることでこなしてしまえる。

 

整形外科で半年間にわたり理学療法士の指導下でリハビリトレーニングに取り組んだことがある。故障の再発を防ぐためにインナーマッスルを強化するという方向性については理学療法士の中でも共通する見解のようだ。

インナーマッスルをうまく使えない僕は実に様々なトレーニングの指導を受け、自分でもコツコツと取り組んだ。

ところが、意識するだけでインナーマッスルのみ選択的に機能させることは難しく、バランスを取るためにアウターマッスルに力が入ってしまう。

インナーマッスルを使えない人が、インナーマッスルを使えるようになるために行うトレーニング」は、「インナーマッスルが使えなければ行えない」という大いなる矛盾が存在しているのだ。

僕は青トレに関して全くの素人なのであれこれ言うことには抵抗があるが、少なくとも自力で正しくインナーマッスルだけをトレーニングすることは難しいと考えている。

この道のプロである中野氏の指導を直接受けられる環境であれば、ひょっとするとそうではないのかもしれない。現に、青学駅伝チームはこれで結果を出しているというのだから(ただし、結果を出しているから正しいとも限らないのが現実である)。

このあたりの話は、先述した青学OBの方に一通り聞いていただいたが、「全くその通りだと思う」という回答をいただいている。

 

誤解を防ぐために書いておくと、青トレだけが特段難しいという意味ではなくて、ウエイトトレーニングが難しいのと同様の理由で難しいと言っている。

ウエイトトレーニングは正しいフォームで行うために常にチェックを受けることが必要だし、効果を上げるためには必要なところにだけ力を入れ、無駄な筋肉の力を抜く技術も習得しなければならない。

正しいやり方でうまく取り入れれば、宗兄弟や大迫選手、東海大の選手たちのように走力を伸ばすことができるかもしれないし、正しくないトレーニングによってかえって走力が落ちることもある。

 こういう書き方をすると、現在進行形で青トレに取り組んでいる人の意欲を削いでしまうことになるかもしれない。

ただ、僕は決してこのトレーニングが無意味とか効果がないとか言いたいわけではない。

極論を言えば(走ることも含む)どんなトレーニングにおいても効果的なトレーニングにするためにはきちんとしたやり方が求められている。ここからはあくまで僕の考えだが、自力で青トレに取り組む人には以下のようなことに気をつけてみるといいかもしれない。

 

・「青トレ」本に記載されている、コアトレーニング以外のことにも取り組む

具体的には動的ストレッチ、静的ストレッチ、筋弛緩法のことだ。

本の中で中野氏が述べているが、コアを作ることと肩甲骨や骨盤の可動性を高めることは同時に行う必要がある。なんならトリガーポイントマッサージやゆる体操などにも取り組んでさらに可動性向上を目指すことで正しくインナーマッスルを使えるようになるかもしれない。

 

・いま取り組んでいるトレーニングをマスターしてから次へ進む

これも中野氏が言及していることだが、レベル別に分けられたトレーニングは、どんどん先へ進めればいいというものではない。

正しいやり方でトレーニングできるようになるまでは数か月かかるのが普通で、場合によっては半年かかるという。本に記載されているトレーニングをすべてマスターできたとしてもそれには何年もかかる。

マスターできていない状態で次へ進んでもほとんど意味がない。鍛えたいところに負荷をかけられないからだ。

ドローインに始まり、地味なものが多くなかなか続けるのは難儀かもしれないが、進歩のためには地道な努力を積み上げていくしかない。

 

・本の写真や付録のDVDを繰り返し見て研究する

「青トレ」本がこれだけ親切なつくりになっているのは、それだけ正しく伝えることが難しいということの表れかもしれない。

「一回見ればやり方はわかる」という反論はあるかもしれないが、

「やり方がわかる」=「必要なところにだけ力を入れることができる」=「マスターしている」

ということなので、一回見ただけで正しいやり方が身につくわけがない。

自力で青トレに取り組む中で、唯一頼りにできるのは「青トレ」本とDVDだけである。

レーニングと並行して何度も見ることでやり方を研究すると少しずつどうすればよいかわかるかもしれない。

 

・日々トレーニングに取り組む中で感じたことを書き留めておく

どこに力が入っているか、どこに感覚(もっと言えば身体意識)があるかをよく観察し、感じたこと考えたことをノートか何かに書き連ねておくとよいと思う。

毎日漫然と取り組んでいても進歩は生まれない。後で見返すかどうかは別にして、アウトプットすることで頭の中を整理でき、課題解決のためにどうすればよいかが見えてくるかもしれない。

 

僕に思いつくのはざっとこれくらいだ。

これだけ偉そうに講釈たれておいて自分でやってみるつもりはさらさらない。長期休みなどで時間を確保でき、意欲もあるならばやってみる価値もあるかもしれない。